数学の視界 改訂版

志賀弘典 著
A5判・並製・168頁・定価2000円+税

古代から現代に至る数学を鳥瞰しつつ,全体知としての数学の姿を提示する. 新しい教養としての数学を世に問う書. 考える学問としての数学! 全体知としての数学!!

まえがき

 本書は2008年に出版された『数学の視界』の改訂版であるが,全体の趣 旨は共通なので,その序文から,以下抜粋する.
 この本は,数学を一つの全体知として学ぶための書である.さまざまなト ピックを扱い,数学が現実の世界にどうつながっているかを述べているが, 個々の論題は,それらが集まって総体として何を語っているのかという点に 重要性がある.
 数学の歴史にもそれなりの関心を払ったが,過去の出来事を学ぶための歴 史ではなく,今日の数学にどのようにつながっているのか,また,その時代 の数学は当時の世界観や宇宙観にどのように影響され,どう影響を与えたの か?そして,全体として数学はどのような道筋を進んで今日に至っている のか?そのような意識を持って,歴史上の数学を論じた.
 昨今では,一貫した構想を追求して講義をしたり,またそのようなスタン スで一つの学問を学ぶということは,あまりはやらない.人の知力が低下し てすべての学習がリテラシーと化し,部分と総体とが同時に意識されながら (つまり哲学しつつ)学ぶ習慣がなくなったのである.筆者としても,数学の 思想性にこだわるつもりはないが,考える学問としての数学の性格だけは保 ち,事実の提示によって数学の姿を描くことができるような主題を追求する ことを心がけた.
 「視界」という言葉に,いまだ行方が定まらない,数学という学問の将来 的な姿への希望と不安を表したつもりである.
 原則として高校での一通りの数学の素養があれば読めるように記述を心が けたが,幾つかの章では,かなり高度な概念構成や論理展開が用いられてい る.全体が同じ水準で書かれている訳ではなく,食べ易いところもあるし,歯 が立たないむずかしさの部分もある.数学という奥行きの深い学問であれば それは当然なので,読者は,分かりにくいところに出会ったら一旦とばして, 分かるところの理解をつなげ,分かる部分をすこしずつ拡大する努力をして 読んでほしい.

 なお,本文中,垣根////…////で上下を囲んだ部分があるが,これ は,数学的内容がやや高度であり,この垣根の中を飛ばして読んでも差し支 えのないことを示している.

 [数学の視界 改版のための付記]
 17世紀に活躍した数学者パスカルは,哲学的著作『パンセ』でも名高い. その断章347に次の文章がある.
 「人間はひとくきの葦にすぎない.自然の中で最も弱いものである.だが, それは考える葦である.彼をおしつぶすために,宇宙全体が武装するには及 ばない.蒸気や一滴の水でも彼を殺すのに十分である.だが,たとい宇宙が 彼をおしつぶしても,人間は彼を殺すものよりも尊いだろう.なぜなら,彼 は自分が死ぬことと,宇宙の自分に対する優勢を知っているからである.宇 宙はなにも知らない.だから,われわれの尊厳のすべては,考えることのな かにある.」
     パスカル,『パンセ』,前田陽一,由木康[訳],中公クラシックス,より.

 時代とともに,人間は“考える”という行為からますます遠ざかっているよ うに見える.かつて,私が千葉大学に現役在職していた助教授時代には,大 学の門の前に「パンセ」という喫茶店があり,そこで学生が談話している風 景が見られた.現役を退いて,仕事場として提供されている研究スペースに 断続的に通う現在,ふと気づくと,昔の喫茶店の場所は早食いラーメン屋に 変身していた.だが,このパスカルの言葉の価値は今も変わらない.

 数学書房編集部から幸いにも,本書改版出版の提案を頂いた.改版の意図, 実際の変更点,旧版との整合性に関しての注意をここに列挙しておきたい.  1)改版に当たって最も配慮したのは,上で述べた旧版の執筆方針を残し ながら,全体の内容の簡素化と軽量化を図ることであった.
 2)1)は結果的に,内容の削減という作業を含むが,同時に筆者は以下2 つの新しい観点も付け加えた.
 その第一は,既存の章で紹介したデカルトの4円定理について,複素解析 を用いる証明を紹介しながら,デカルトと,和算の発展との対比的考察を行っ たこと.
 その第二は,アンドレ・ヴェイユが(1974年に)指摘していることである が,フェルマーによる,X4+Y2=V4が自然数の解を持たないことの,彼 の“無限降下法”を用いた証明(17世紀)と,ファニャーノによるレミニス ケート曲線の等分公式(18世紀)が,同じ背景から説明されることを計算を 明示して解説し,さらに,既存の章で述べた,ユークリッド‐テアイテート スの定理を介して,合同数問題との関連が現れることを述べた点である.
 3)旧版に論じられていた幾つかの章は今回削除されたが,これらもそ れぞれの固有の存在価値のある内容である.削除された各章は,誤植等を 訂正し,問題解答をつけて,数学書房のHP上に残していただくこととし た.削除された章を列挙すると,●)鏡映を用いて高次元正多面体を決定する, ●)魔法陣の数理,●)ニュートンの周辺,●)線形現象としてのピタゴラス和 音,●)ギリシャと現代をつなぐ数学の糸,●)正四面体の不変式環,である.
 2017年9月
                              複素弘幾笛心居士,志賀弘典

目次

第1章 数学のはじまりはじまり

第2章 古代の知恵,古代の美:ヘレニズム時代の数学

第3章 正多面体を決定する.そして正4面体を回転する.

第4章 散歩道の秘密とオイラーの等式

第5章 対称群と置換群,15ゲームの群論的考察

第6章 いつかもとにもどってしまう数学:合同式

第7章 現代暗号システムと合同式

第8章 デカルトとパスカルの世紀 前編

第9章 デカルトとパスカルの世紀 後編

第10章 2進法と山くずしゲーム

別章A 高校数学の教科書に潜んでいる循環論法

別章B 複素一次変換を用いたデカルトの4円定理の証明,さらに田上観音堂の算額の問題

別章C フェルマーの無限降下法とレムニスケート等分公式