ガロアに出会う----はじめてのガロア理論

のんびり数学研究会 著
A5判・並製・192頁・2200円+税

19世紀に、天才数学者エヴァリスト・ガロア(1811--1832)は 方程式と数に関する理論を書き遺した…

まえがき

 この本は,高等学校の数学を一通り勉強した人たちを対象に「ガロア理論」 を解説した入門書です.ガロア理論は19世紀の天才数学者エヴァリスト・ガ ロア(1811--1832)が書き遺した方程式と数に関する理論です.名前を聞かれ た方も多いのではないかと思いますが,「勉強するには敷居が高い」と感じて いる方も多いのではないでしょうか.
 私たちは「できれば高校生にも読める本にする」ことを目指してこの本を書 きました.予備知識もほとんど仮定せず,集合や群などの基礎事項もすべて初 めから解説しました.これらを良くご存じの読者にはややまどろっこしく感じ られるかも知れませんが,そんなときは適当に飛ばしてくださって結構です. しかし,なるべくなら,あまりあせらずゆっくり読んでみてください.ガロア 理論とは何かが分かるはずです.とくに,2次方程式,3次方程式,4次方程式 の解の公式は存在するが,なぜ5次以上の方程式には解の公式がないのかが納得 できるようになると思います.
 私たちはあるささやかな「数学的経験」がきっかけとなってガロア理論のやさ しい解説書を書くことを思い立ちました.そのことについてちょっと書かせてく ださい.
 三角形の面積を計算する「ヘロンの公式」をご存じでしょうか.三角形の3つ の辺の長さを a,b,c とすると,その三角形の面積が
  \sqrt{s(s-a)(s-b)(s-c)}, s=\frac{a+b+c}{2}
によって計算できるという公式です.これがヘロンの公式です.ヘロンは紀元後 1世紀頃の人ですので,この公式には2000年くらいの歴史があります.
 四角形についても同様の公式が存在しますが,四角形ではちょっと注意が必要 です.つまり,4つの辺の長さa,b,c,dを与えてもその形は決まらないということ です.たとえば,すべての辺の長さが1であるとしても,正方形であるかもしれ ないし,ひしゃげた形の菱形かも知れません.したがって,一般の四角形につい ては,4辺の長さから面積を計算する公式は期待できません.
そこで,四角形が何か一つの円に内接しているという条件を付け加えてみます. この「円に内接する」という条件のもとでは,4つの辺の長さa,b,c,dを与えると, 4辺がこの長さであるような四角形の形が決まります.もちろんその面積も決まり ます.そして,その面積は4辺の長さa,b,c,dから計算できます.
ブラーマグプタの公式とよばれるものがそれで,インドの数学者ブラーマグプタが 紀元628年に書いた本に出ているそうです.(我が国の歴史的事件「大化の改新」が 645年ですから,それの17年前ということになります.) ブラーマグプタの公式に よれば,円に内接する四角形で4辺の長さが a,b,c,dであるようなものの面積は   \sqrt{(s-a)(s-b)(s-c)(s-d)},  s=\frac{a+b+c+d}{2}
という式で計算できます.一つの辺の長さ(例えばd)が0であるような特別な 四角形が三角形であると考えると,ブラーマグプタの公式の特別の場合として ヘロンの公式が得られることが分かると思います.
 私たちは円に内接する5角形や6角形の面積についても同様な公式があるか どうかを考えました.そしてしばらく議論を重ねた結果,5角形以上については そのような公式が存在しないことがガロア理論を使えば証明できることが分かり ました(脚注).

 ヘロンの公式やブラーマグプタの公式には長い歴史がありますから,円に内接 する5角形以上の多角形については,辺の長さからその面積を計算する公式がな いことは既に知られていることかも知れないとは思いましたが,一応我々の結果 を英語の論文にしてスイスのある雑誌に投稿してみました.驚いたことに,それ がなんと受理されて2007年に出版されました.投稿後に知ったことですが,実は, 2003年と2004年にヴァルフォロメエフという人が,円に内接する5角形の面積に ガロア理論を適用した難しい論文を書いていて,面積を表す公式がないというこ とは彼の結果からただちに分かるのですが,彼はその結論を当り前だと考えたた めか,論文にはっきり書いていません.ですから,5角形以上についてそのような 公式がないとはっきり書いた論文は我々のものが最初だったようなのです.
なんだか信じがたいことですが,もし読者のなかに私たち以前にこのことを書い た論文がどこかにあることをご存じの方がいらっしゃったらどうぞご連絡ください.  私たちの結果についてはこの本の付録3に説明してあります(『数学セミナー』 2009年11月号より転載).
 とまあこのようなわけで,私たちはガロア理論に愛着をもつようになり,その やさしい解説書を書くことを思い立った次第です.

 予備知識をなるべく使わないことに努力しました.たとえば,ガロア理論の 解説(第II部)は線形代数の知識がなくとも読めるようになっています.群の 説明のなかで,4次の対称群S_4 の元を正四面体の図形的な動きとしてすべて 描きだすこともしてみました.
 この本が,少しでも,ガロア理論に興味をもつ読者のお役にたてば幸いです.

                            2013年夏

のんびり数学研究会
(松本幸夫,大木秀一,小田正美,酒井 健,渋谷 司,松谷吉員)


*脚注
正確にいいますと,円に内接する5以上の多角形の面積が,その辺の長さで決 まってしまうことは証明できますが,辺の長さから出発して,それらに四則 演算と根号を取る操作を繰り返して得られるような公式(たとえば,ヘロン の公式やブラーマグプタの公式のような公式)ではその面積が表せないことを 証明したのです.

目次

●第I部

第1章 プロローグ
   1 2次方程式の解の表示法
   2 ある3次式の展開計算
   3 3次方程式を解いてみる
   4 3次方程式の解法のまとめ
   5 「代数的に解ける」ということ

第2章 集合と写像
   1 集合と要素
   2 集合の表わし方
   3 部分集合,和集合,および共通部分
   4 写像
   5 単射,全射,および全単射
   6 合成写像と逆写像

第3章 群
   1 群の定義
   2 いろいろな群

第4章 複素数と方程式
   1 複素数と複素数平面
   2 虚数単位 iは 90度回転を表わす
   3 1の3乗根
   4 三角関数を使った表示法
   5 ド・モアブルの公式
   6 閉曲線の(原点のまわりの)回転数
   7 代数学の基本定理
   8  n次方程式には n個の解がある

第5章 多項式
   1 多項式
   2 対称式
   3 除法の定理
   4 互除法と最大公約数


●第II部
第1章 べき根で表わせるとはどういうことか
   1 数体とはなにか
   2 数体係数の多項式
   3 単拡大 P (θ)
   4 複素数αがべき根で表わせるとはどういうことか

第2章 代数性,最小多項式
   5 P-係数多項式の割り算,P上既約と P上可約
   6 P上代数的,P上の最小多項式とは何か
   7 θが P上代数的であるときの P(θ)
   8 P(α_1, …,α_n)
   9 α_1,…, α_nが P上代数的であるときのP(α_1, …,α_n)

第3章 ガロア拡大とガロア群
   10 対称式の基本定理の P-係数バージョン
   11 ガロア拡大
   12 Pをとめる自己同型とガロア群の定義
   13 Pをとめる自己同型の性質(1)
   14 15節のための準備
   15 Pをとめる自己同型の性質(2)
   16 ガロア拡大の3対(1)
   17 中断-群論の説明
   18 ガロア拡大の3対(2)

第4章 べき根で表わせる数のガロア群
   19 可解群の定義と目標の定理
   20 2項拡大
   21 次節の準備
   22 定理19.3の証明

付録 1 単拡大定理の証明
付録 2 P(θ)= Kをみたすθについての補足
付録 3 ヘロンとガロア
   1 はじめに
   2 7次方程式
   3 ガロア登場
   4 最初の困難
   5 一難去ってまた一難
   6 おわりに

参考文献
索引