Kac統計的独立性

Mark Kac 著/高橋陽一郎 監修/高橋陽一郎・中嶋眞澄 訳
A5判・並製・144頁・2100円+税

まえがき

序文

師H. シュタインハウスに本書を捧ぐ
1955 年夏に開催されたアメリカ数学協会の総会においてヒードリクス講 演を行うという特典を与えられた.しばらく後に,カーラス叢書編集委員会 を代表してラドー教授より講演を単行本にまとめるようにお薦めいただいた. たいへん嬉しい出来事であった.
ほとんど同じ頃,光栄にもハヴァフォード・カレッジからフィリップス客 員プログラムによる連続講演を依頼された.この招聘により,私は単行本の 素案を“生の” 聴衆に問う機会を得た.本書は,1958 年春のハヴァフォード・ カレッジにおける講義に少し手を入れたものである.
当初のヒードリクス講演の主目的は,この拡大版と同じく,次のことを示 すことであった.
 (a) 極めて単純な観察がしばしば豊かで実り多い理論の出発点となる.
 (b) 多くの無関係に見える展開が実は1 つの単純な主題の多面性である.
最終章で扱ったエルゴード定理を連分数にという壮大な応用を除いて,本 書の主題は統計的独立性である.
確率論に起源を発するこの概念は,長い間曖昧なままに扱われ,由緒正し き数学の概念であるかに関しては疑念の目を向けられて来た.
現在,われわれは,一般的で抽象的な言葉によって統計的独立性を定義す る術を知っている.しかし,一般化と抽象化という現代の潮流は,もともと のアイデアの簡明さを包み隠しがちであるだけでなく,確率論のアイデアを 他分野に適用する可能性をも埋もれさせている.
本文では,その簡明な形が数学の諸分野に渡ってさまざまな文脈で立ち現 れていることを示して,統計的独立性を抽象化による忘却の彼方から救出す ることを試みた.
読者に期待する予備知識は,ルベーグの測度論・積分論,フーリエ積分の 初歩および整数論の基礎である.それ以上は要求したくなかったので,専門 技術的な詳細に深入りして話の流れを淀ませないために証明を省いたところ もある.
その省略をお詫びするとともに,証明を自分で補いたくなるほどに読者が 本書の主題に興味を抱かれることを願っている.また,自己完結的との詐称 にならないように参考文献を付け加えた.
また,本書全体に渡って多くの問題も付けた.これらの問題の多くはたい へんむずかしく,読者は,少しの努力で解けなくても落胆しないでいただき たい.
ハヴァフォード・カレッジのC.O.オウクリー教授とR.J.ウィズナー氏の ご尽力のすばらしさにお礼を申し上げたい.お陰でイサカからハヴァフォー ドへに移動する億劫さが楽しみとなった.
ペンシルバニア大学教授H.ラーデマヒェル教授とブリン・モール・カレッ ジのジョン・オクストビ教授に講義を聴いていただけたのは幸運であった.そ の批評とご示唆と絶え間ない励ましはかけがえのないものであり,両教授に 負うところは大きい.
コーネル大学の同僚H. ウィドム教授とM.シュライバー教授には原稿を 読み,多くの修正や改良を提案していただいた.そのご助力に心からの謝意 を表する.
また,“モルモット役” に担ってくれたハヴァフォードおよびブリン・モー ルの学部学生諸君にも謝意を述べたい.とくに,J.レイル君には参考文献の まとめとゲラの校正をしてもらった.
最後になってしまったが,ほとんど読解不能な私のノートから原稿をタイ プするという不可能とも思えた仕事をこなしていただいたハヴァフォード・ カレッジのアクセソン夫人とコーネル大学数学教室のマーチン嬢に謝意を表 する.

ニューヨーク州イサカにて
1959 年9 月

マーク・カッツ
Mark Kac


目次
第 1 章 ヴィエトから統計的独立性の概念へ
第 2 章 ボレルとその後
第 3 章 正規法則
第 4 章 素数は賽を振る
第 5 章 気体分子運動論から連分数へ