中学生からの数学オリンピック

安藤哲哉 著
A5判・並製・482頁・定価2900円+税

入門問題から超難問まで ジュニア数学オリンピック, 数学オリンピックに参加しようとする 中学1年生〜高校1年生のための参考書・自習書. 諸外国の問題や 地域オリンピック・国際大会の問題から480問を精選.

まえがき

 2004年に『ジュニア数学オリンピックへの挑戦』(日本評論社) を出版し たが,それを拡大改訂したのが本書である.題名の通り,ジュニア数学オリ ンピック(JJMO)や数学オリンピック(JMO)に参加しようとする中学生 を主な対象とした参考書・自習書であるが,内容的には高校までの内容を 含み,主として高校生を対象とした数学オリンピックであるJMOやIMO の大半の問題にも対応できるように書いた.JJMOに参加したことのない 高校1年生が初めてJMOに参加する場合も,本書の中2〜中3レベルの 問題から勉強したほうがよい.2004年の版とは大幅に変わっていて,まず, 収録問題を学年別に分け,総問題数を3倍以上に増やした.また日本ジュ ニア数学オリンピックが予選が短答式,本選が記述式であるのにあわせて, 予選問題と,本選問題に分けた.本選問題の中には,春の合宿で行われる 選手選抜試験や,国際大会レベルの問題も収録してある.日本のジュニア 数学オリンピックの問題と解答は数学オリンピック財団編の『ジュニア数 学オリンピック』(日本評論社) や,『Junior Math Olympian』に収録されて いるので,それらは一切用いずに,諸外国の問題や地域オリンピック・国 際大会の問題だけで構成した.
 本書の使い方について,簡単な説明をしておく.問題は,中1以上向き 問題,中2向き以上問題,中3以上向き問題に分かれているが,学年分け は中学の学習内容とは一致していない.中 1 以上向き問題は,中学 2 年程 度で勉強する内容に加え第3部に解説した知識が必要になるものも多い. ただし,中1以上向き予選問題の最初のほうは,小学校程度の知識だけで 解ける問題が収録してあるので,中学生になったばかりの人でも,取り組 める問題はそれなりにある.中2向き以上問題は,公立中学3年間で勉強 するすべての知識を前提にしている.中3以上向き問題は,高校2年程度 の学力が必要になる.例えば,因数分解・2次方程式・平方根が必要な問題 は中2以上用,三角関数や複雑な無理式の計算が必要な問題は中3以上用 となっている.整数問題の場合,中1以上向き問題でも合同式の知識は必 須で,中3以上向き問題には,群・環・体論の初歩知識が必要な問題も含 まれる.高校生対象のIMOの問題では,トップ大学数学科で勉強するよ うな知識が必要な問題もあるから,そういうものと理解しておいてほしい. そういうわけで,公立中学2年生は中1以上向き問題,3年生は中2以上 向き問題より前から始めるほうがよい.
 また,学年は問題の難しさとは無関係である.本書の中1以上向き問題 の中のAレベル問題と似たような問題が京大や東工大の入試に出題されて いたのを見かけたこともある.中1以上向き本選問題のBレベル問題は, 東大の入試問題より解法を発見するのが難しいかもしれない.Dレベル以 上の問題はプロの数学者レベルである.中1以上向き問題の知識の範囲だ けで,ジュニア数学オリンピックの7割以上の問題は解け,予選通過も本 選通過も可能であるので,無理をしないで,少し下の学年用問題からスター トしてほしい.
 数学オリンピックの問題には,通常,複数通りの解答がある.しかし,本 書では1通りの解答のみを例示した.ページ数の関係もあるが,筆者1人 で複数通りの解法を見出すのが困難である,という事情が大きい.恐らく, 多くの問題で,本書で例示したより,もっと簡単な解答があると思う.な お「解答を読んでもわからない」「解答が理解できない」というのは,数学 では普通のことである.例えば,フェルマー予想の証明を読んでも,それ を理解できる数学者は,ごく少数であるように,難しい問題の解答は,相 当の力がないと理解できない.特に,Cレベル以上の問題の解答が理解で きないことは,あまり気にしないでほしい.実は,小国で開催された過去 のIMOで,十分な採点者を確保できず,高校の先生まで動員したことが ある.しかし,答案を理解できず,まともな採点ができない先生が非常に 多くて,結局,プロの数学者の仕事量が増えただけだった.
 数学オリンピックの問題は出題会議の慣習として,代数,数論,幾何,組 合せ数学(Combinatrics)の4分野に分け,各分野から適当な問題数を出題 する.本書もそれにあわせて,問題の分野を分類した.ただし,問題の配 列順序は学年に応じて,また予選・本選とで意図的に変えてある.低学年 の人は,配列順に取り組んでもらったほうがよい.ただし,Cレベル以上 の問題等は後回しにして先に進めてもらうほうがよいかもしれない.
 以下,各分野について簡単に説明する.
 代数は,高等数学では数論も含むが,数学オリンピックでは,数論を除 く方程式・不等式,数列,代数的な関数などが,代数の問題として出題さ れる.群・環・体などの抽象代数が必要な問題は,代数より数論のほうで よく出題される.解析という分野は数学オリンピックの出題範囲から除か れているので,解析的な問題が代数の問題として出題されることもある. 数論については,日本の中学・高校で学習しない知識が沢山必要になる. まず,中1用問題でも合同式は必修である.中3レベルでは,有限体や簡 単な群・環の知識など 初歩的な抽象代数の考え方を使う.2次体の整数論 (ルジャンドル記号等)とか,ペル方程式などの知識が必要な問題も散見さ れる.中1向きの数論問題を解く前に,第3部の合同式の解説を読んでほ しい.
 幾何はいわゆるユークリッド幾何が中心で,三角法・座標・ベクトルを使 わないと解けない問題は原則的には出題されないが,結果的にそういう解 法を利用したほうが簡単に解ける問題も多い.また,予選には幾何の証明 問題が出題できないが,本当は,そこが幾何の最も大切な部分である.実 は,ユークリッド 幾何は,日本が苦手とする分野である.日本は大学教員 やIMOのOBも含めて,ユークリッド 幾何の細かい知識を知らない人が 多く,教材も不足していて,国際大会では幾何で苦戦する.幾何の証明問 題には,発想力以前に,いろいろな基礎知識が必要なのである.本選問題 に挑む場合には,最低でも,本書の第3部の知識は勉強した上で,問題に 取り組んでほしい.
 組合わせ数学というのは,英語のcombinatricsの訳で,場合の数,確率, グラフ理論,離散数学,組合わせ的な考え方の幾何学,ゲーム・パズルのよ うな問題がこの分野に含まれる.日本人が伝統的に得意な分野である.数 学オリンピックの最難問は,この分野から出題されることが多く,いわゆ る数学オリンピック的な問題を楽しめるところである.学校で勉強しない グラフ理論だけは,少し勉強しておいたほうがよい.
 収録した問題の出典について説明する.中学生を対象とした国際的な数 学オリンピックも少数ながら始まっていて, 国際数学競技会 (IMC), 南半球 数学オリンピック, ジュニア・バルカン数学オリンピックなどがある.
 国際数学競技会(International Mathematics Competition)は,1999年 に台湾で,台湾の市を単位とした参加チームによる競技会として始まり,そ こに外国のチームが参加するようになって,国際大会となった.参加国は アジアが中心であるが,カナダ,ブルガリア,ルーマニア,オーストラリア なども加わっている.日本も2012〜2015年の間参加した.個人選は2時 間で15問,団体戦は4人で5問を分担して3時間で解く.一部の問題を 除くとJJMOの予選レベルの易しい問題が多い.問題はWEBで公開さ れているが,詳細な解答は公開されていない.
 南半球数学オリンピック(Olimpi´ada Matema´tica del Cono Sur)は,1988 年から始まった大会で,中南米諸国の選抜された16歳以下の生徒が参加で きる.JJMO本選レベルの問題が中心であるが,一部IMOレベルの難問 も出題される.問題はWEBで公開されているが,スペイン語・ポルトガ ル語である.
 ジュニア・バルカン数学オリンピック(Junior Balkan Mathematical Olympiad) は ,1997年から始まった大会で ,東欧・中欧諸国の選抜さ れた15歳6ケ月以下の生徒が参加できる.(例外的にフランスもゲスト参 加している.)問題の出題グループにIMO関係のプロが多く,問題が精選 されている.最近の問題と解答は WEB でも英文で読める.
 全ソ連数学オリンピック・ロシア数学オリンピックは旧ソ連・現ロシア の国内大会であるが,多くの著名な数学者が出題者として参加しているた めに, 問題の質がきわめて高いことで定評がある.8年生用問題のみを利用 したが,8年生の学習内容は日本の中3相当である.ソ連・ロシアには英 才教育の伝統があり,中学・高校相当の学年から,大学レベルの内容を大 学教員が教えるエリート校もある.問題はロシア語で公開されていて,一 部私的な英訳もある.

 2016年3月                       著者

目次

第1部 問題
 1.1 中1以上向き予選問題
  1.1.1 組合せ数学
  1.1.2 幾何
  1.1.3 代数
  1.1.4 数論
 1.2 中2以上向き予選問題
  1.2.1 代数
  1.2.2 数論
  1.2.3 幾何
  1.2.4 組合せ数学
 1.3 中3以上向き予選問題
  1.3.1 代数
  1.3.2 数論
  1.3.3 幾何
  1.3.4 組合せ数学
 1.4 中1以上向き本選問題
  1.4.1 幾何
  1.4.2 数論
  1.4.3 代数
  1.4.4 組合せ数学
 1.5 中2以上向き本選問題
  1.5.1 幾何
  1.5.2 数論
  1.5.3 代数
  1.5.4 組合せ数学
 1.6 中3以上向き本選問題
  1.6.1 数論
  1.6.2 代数
  1.6.3 幾何
  1.6.4 組合せ数学

第2部 解答
 2.1 中1以上向き予選問題
  2.1.1 組合せ数学
  2.1.2 幾何
  2.1.3 代数
  2.1.4 数論
 2.2 中2以上向き予選問題
  2.2.1 代数
  2.2.2 数論
  2.2.3 幾何
  2.2.4 組合せ数学
 2.3 中3以上向き予選問題
  2.3.1 代数
  2.3.2 数論
  2.3.3 幾何
  2.3.4 組合せ数学
 2.4 中1以上向き本選問題
  2.4.1 幾何
  2.4.2 数論
  2.4.3 代数
  2.4.4 組合せ数学
 2.5 中2以上向き本選問題
  2.5.1 幾何
  2.5.2 数論
  2.5.3 代数
  2.5.4 組合せ数学
 2.6 中3以上向き本選問題
  2.6.1 数論
  2.6.2 代数
  2.6.3 幾何
  2.6.4 組合せ数学

第3部 基礎知識
 A 代数・数論・組合せ数学
 3.1 数
  3.1.1 自然数・整数・有理数・無理数・実数
  3.1.2 実数の切り上げ・切り捨て
  3.1.3 階乗
  3.1.4 文字
  3.1.5 添え字
 3.2 論理と集合と写像
  3.2.1 命題と論理
  3.2.2 「かつ」と「または」
  3.2.3 ∀と∃
  3.2.4 数学的帰納法
  3.2.5 集合
  3.2.6 集合の演算
  3.2.7 直積集合
  3.2.8 写像
  3.2.9 合成写像
  3.2.10 恒等写像と逆写像
  3.2.11 置換
 3.3 数列
  3.3.1 数列
  3.3.2 総和Σと総乗Π
  3.3.3 数列の和の公式
  3.3.4 漸化式
 3.4 整数
  3.4.1 約数・倍数
  3.4.2 素因数分解
  3.4.3 公約数・公倍数
  3.4.4 ユークリッドの互除法
  3.4.5 合同式
  3.4.6 合同式における割り算
  3.4.7 中国剰余定理
  3.4.8 オイラーのファイ関数
  3.4.9 素体Fp
  3.4.10 巡回群F×p
  3.4.11 平方剰余
  3.4.12 連分数
  3.4.13 ペル方程式
 3.5 代数
  3.5.1 指数法則
  3.5.2 多項式の割り算
  3.5.3 因数分解
  3.5.4 相反多項式
  3.5.5 多変数多項式
  3.5.6 対称式・交代式
  3.5.7 2変数連立高次方程式の解法
  3.5.8 媒介変数の消去
  3.5.9 AM-GM不等式
  3.5.10 主な不等式
  3.5.11 ラグランジュの補間法
 3.6 場合の数
  3.6.1 順列・組合せ
  3.6.2 母関数
  3.6.3 カタラン数
 3.7 離散数学
  3.7.1 グラフ
  3.7.2 有向グラフ
  3.7.3 彩色グラフ
  3.7.4 鳩の巣原理
  3.7.5 特性量・不変量
  3.7.6 Nの部分半群
 B 幾何
 3.8 平面幾何
  3.8.1 内部と境界
  3.8.2 角度・長さ・面積
  3.8.3 合同・相似
  3.8.4 三平方の定理
  3.8.5 円周角の定理
  3.8.6 方巾の定理
  3.8.7 根軸と根心
  3.8.8 円に内接する四角形
  3.8.9 二等分線定理
 3.9 三角形の5心
  3.9.1 三角形の重心
  3.9.2 三角形の外心
  3.9.3 三角形の垂心とオイラー線
  3.9.4 三角形の内心と傍心
  3.9.5 内心と傍心の相互関係
  3.9.6 三角形の 9 点円
 3.10 三角関数
  3.10.1 三角関数
  3.10.2 正弦定理・余弦定理