数学の視界

志賀弘典 著 224ページ A5判
2500円+税 ISBN978-4-903342-02-3

まえがき

この本は,数学を一つの全体知として学ぶための書である.さまざまなト ピックを扱い,数学が現実の世界にどうつながっているかを述べているが, 個々のトピックは,それらが集まって総体として何を語っているのかに重要 性がある.数学の歴史にもそれなりの関心を払ったが,過去の出来事を学ぶ ための歴史ではなく,今日の数学にどのようにつながっているのか,また,そ の時代の数学は当時の世界観や宇宙観にどのように影響され,どう影響を与 えたのか?そして,全体として数学はどのような道筋を進んで今日に至っ ているのか?そのようなことを意識しつつこの本を書いた. 昨今では,一貫した構想を追求して講義をしたり,またそのようなスタン スで一つの学問を学ぶということは,あまりはやらない.人の知力が低下し てすべての学習がリテラシーと化し,部分と総体とが同時に意識されながら (つまり哲学しつつ) 学ぶ習慣がなくなったのである.筆者としても,数学の 思想性にこだわるつもりはないが,考える学問としての数学の性格だけは保 ち,事実の提示によって数学の姿を描くことができるような主題を追求する ことを心がけた.「視界」という言葉に,いまだ行方が定まらない,数学とい う学問の将来的な姿への希望と不安を表したつもりである. 10 年ほど前『数学の領域』という本を世に出した.そこでは数学の歴史を 追いながら数学の構造性を浮かび上がらせることを目指したが,その後数学 をとりまく状況はさまざまに変化した.つまり,数学を学ぶ人の学問に向か う姿勢,社会あるいは世間の数学という科学に対するまなざし,数学を研究 対象としている数学者たちの置かれている立場,それらが皆劇的に変化し, さらに変化しつつある. それでも,大学において,数学を一つの教養として学ぶということの重要 性は失われていないと筆者は考える.今日的状況を踏まえつつ,大学におけ る“教養としての数学” の一つの姿を再び提示したいという意図で,長らく 出版が途絶えて(絶版同然になって) いた「数学の領域」の内容の多くを踏襲 しながら,上記の構想にしたがって新しい題材もさまざま盛り込んだ. なお,原則として高校での一通りの数学の素養があれば読めるように記述 を心がけたが,いくつかの章では,かなり高度な概念構成や論理展開が用い られている.全体が同じ水準で書かれているわけではなく,食べやすいとこ ろもあるし,歯が立たないむずかしさの部分もある.数学という奥行きの深 い学問であればそれは当然なので,読者は,分かりにくいところに出会った ら一旦とばして,分かるところの理解をつなげ,分かる部分をすこしずつ拡 大する努力をして読んでほしい. 平成20年6月 複素弘幾笛心居士,志賀弘典

目次

第1章 数学のはじまりはじまり 1 第2章 古代の知恵,古代の美: ヘレニズム時代の数学 16 第3章 正多面体を決定する.そして正4 面体を回転する. 32 3.1 正多面体を決定する...................... 32 3.2 正4 面体を回転する...................... 35 第4章 散歩道の秘密とオイラーの等式 43 第5章 対称群と置換群,15 ゲームの群論的考察 53 5.1 置換群と正4 面体群........................ 53 5.2 15 ゲームの群論的考察....................... 57 第6章 鏡映を用いて高次元正多面体を決定する. 66 6.1 まえおき............................... 66 6.2 2 次元での平地トレーニング.................... 67 6.3 3 次元空間での格子......................... 73 6.4 鏡映変換とルート.......................... 75 6.5 正四面体の鏡映........................... 77 6.6 一般次元での正多面体の決定.................... 80 6.7 ディンキン図形による高次元正多面体の決定............ 82 第7章 いつかもとにもどってしまう数学:合同式 88 第8章 現代暗号システムと合同式 97 8.1 まえおき............................... 97 8.2 現代暗号系(RSA 暗号系) と合同式................ 97 8.3 現時点(2008 年) でのコメント................... 105 第9章 デカルトとパスカルの世紀前編 107 9.1 デカルトの数学観.......................... 107 9.2 デカルトエリザーベト書簡,第6信の三円問題.......... 108 9.3 書簡第8信,デカルトの4円定理................. 111 第10章 デカルトとパスカルの世紀後編116 10.1 パスカルの全体知について少々................... 116 10.2 円錐曲線とその幾何学........................ 118 10.3 パスカルの定理の証明........................ 122 10.4 パスカルの定理と現代数学..................... 127 第11章 山くずしゲーム 133 11.1 2 進法で数を表わす......................... 133 11.2 山くずしゲーム........................... 136 11.3 山崩しゲーム必勝法......................... 139 第12章 魔方陣の数理 140 12.1 魔方陣................................ 140 12.2 4 次汎魔方陣の決定......................... 143 12.3 余談................................. 148 第13章 ニュートンの周辺 150 第14章 線形現象としてのピタゴラス和音 163 第15章 ギリシャと現代をつなぐ数学の糸 177 15.1 ユークリッドとディオファントスから............... 179 15.2 フェルマーの主張.......................... 184 15.3 モーデル予想............................ 188 15.4 そして現在............................. 189 別章A 高校数学の教科書に潜んでいる循環論法 194 A.1 循環論法のトリック......................... 194 A.2 sin′x = cos x の証明........................ 197 別章B 正4 面体の不変式環 199 B.1 正4 面体群の回転群としての表現................. 199 B.2 球面回転と複素一次分数変換.................... 201 B.3 ケイリーの定理........................... 201 B.4 生成元の一次変換による表示.................... 204 B.5 不変式環............................... 205 B.6 正4 面体群の不変式環....................... 206 B.7 不変式環の先にあるもの...................... 208