テキスト理系の数学10 代数学

津村博文 著
A5判・並製・224頁・2300円+税

群, 環, 体という代数系の基本的概念を解説。 大学理系2,3年生向け教科書・参考書。

まえがき

まえがき


高校の数学の授業において「はっきりとした条件をみたすようなものの集まり」 という定義によって集合の概念が登場する. 例えば,
 ( 1 ) 奇数の整数全体の集合
 ( 2 ) 実数全体の集合
 ( 3 ) アルファベット26 文字の集合
 ( 4 ) 日本人の男性全体の集合
などが考えられるが, 印象として, (1), (2) と(3), (4) は, 集合としての種類 が違うように思える. その理由の一つとして, 整数や実数には, 足し算や掛け算 などの「演算」とよばれている概念が備わっていることがあげられる.もちろん, アルファベットに対しても, 適当な形で足し算や掛け算などの「演算」を定義す ることはできるかもしれないが, 計算の整合性をもたせるとなるとなかなか大変 な作業であるし, そもそもその演算が何の意味をもつのかが不明である. まして や日本人男性全体に対して適当な「演算」を定義するのは至難の技とも思える. その意味において(1) や(2) という集合は, 我々になじみのある演算が定義され ている点で, 数学的な取り扱いが可能な集合, さらには数学的構造が理解可能な 集合といえる.
 さらに厳密にいうと, (1) と(2) も数学的な集合としての種類が違うように思 える. 実数全体には, 少なくとも足し算と掛け算という2種類の演算が定義され ているが, 奇数全体の集合においては, じつは足し算は定義されていない. 実際, 奇数と奇数を足すと偶数になってしまい, (1) の集合からはみ出してしまう. そ の意味で, (1) には掛け算しか定義されていないとも思えるのである.
 このように数学的な取り扱いが可能な集合については,「演算」という概念を鍵 として, いろいろと仕分けをすることができそうである. こうしてたどりついたも のが, 群, 環, 体という諸概念である. これらの概念について, 体系的に取り組み, 具体的から抽象的, さらにはそれをまた具体的に考えることでいろいろな理論的考 察を試みようというのが, いわゆる代数学とよばれる数学の一研究分野である.  本書では, 群, 環, 体という代数系の抽象概念を紹介し, その基礎理論への入門 を試みる. これらの概念は, 代数学という分野にとどまらず, 解析学, 幾何学とい う古典的な諸分野においても, 特に近世以降, それらの重要な発展に大きく寄与し ている. さらには近年とくに脚光を浴びている暗号理論・符号理論,アルゴリズム理 論などの情報数学, また, 統計学, 離散数学, ORなど応用数学の諸分野でも代数 系の理論は不可欠なものとなっている.
 まず第 1 章では, 代数系の基本である群の概念を学ぶ. 基本的な性質を学習し, 準同型定理などを通してそれまでに培った集合の概念をより深化させることを目指す. 第 2 章, 第 3 章では, 環および加群の概念を学ぶ. とくにその代表的な例となる 多項式環を通して, 単項イデアル整域, 一意分解整域など, 具体例から生まれた抽象 概念の理解に努める. 第 4 章では, 体とよばれる概念を学ぶ. 有理数全体のつくる 有理数体, およびそれを拡げた代数体とよばれる概念を学ぶことで, 数のもつ不思議 な性質を垣間見ることができる. さらにガロア理論とよばれる, 方程式の解とそれを 制御する群との美しい調和の世界に足を踏み入れる.
 読者の対象としては, 線形代数を学習した理系の大学2・3 年生を想定しているが, 意欲的な高校生でも読み進められるものと考えている. また本来は大学3年次までの 授業で取り扱うべき代数学の話題である, ホモロジー代数, 多元環の理論, 超越拡大 の理論などがあるが, 本書ではそのほとんどを割愛した. これらの話題に興味をもっ た読者は, 他のより進んだ教科書に挑戦してみてほしい.
 読者の理解の一助として, 各章ごとに問と章末問題を用意している. 解答に関して は, ほぼすべての問題について, 本質的な部分の理解に到達できる形で最後にまとめ てある. 具体例に多く触れることで, 読者自身の中での代数的な概念を構築していっ てほしい.
  2013 年初夏
                                   津村博文

目次

目次

第1章 群
1.1 群の定義
1.2 正規部分群, 剰余群
1.3 準同型写像
1.4 置換
1.5 群の作用
1.6 シローの定理
1.7 群の直積
1.8 可解群

第2章 環
2.1 環, 整域, 体の定義
2.2 イデアル
2.3 環準同型定理
2.4 単項イデアル整域, ユークリッド整域
2.5 素イデアル, 極大イデアル
2.6 一意分解整域
2.7 商環, 商体, 局所化
2.8 多項式の既約性
2.9 環の直積

第3章 環上の加群
3.1 環上の加群の定義
3.2 自由加群
3.3 ネーター加群
3.4 単項イデアル整域上の加群
3.5 アーベル群の基本定理
3.6 ジョルダン標準形

第4章 体とガロア理論
4.1 体の拡大
4.2 代数拡大
4.3 体の同型写像と分解体
4.4 分離拡大
4.5 自己同型群と正規拡大
4.6 ガロア理論の基本定理
4.7 1 の累乗根と円分体
4.8 有限体
4.9 クンマー拡大
4.10 べき根による拡大と方程式の可解性

付録
A.1 対称式
A.2 代数学の基本定理
A.3 3 次方程式の判別式